| 技法 | 板画 |
| サイン | 左下に印 |
| 額 | 額装 |
| サイズ | sheet size : 102.3×39.5 cm image size : 94.5×30.3 cm |
| 制作年 | 1939 |
| 鑑定書 | 棟方志功鑑定委員会鑑定登録証付 |
| 文献 | 『棟方志功全集 第2巻 神々の柵(1)』、講談社刊、1980年、no. 73 |
棟方志功による『釈迦十大弟子』は、1939年(昭和14年)に制作された代表的板画連作であり、1956年のヴェネツィア・ビエンナーレにおいて国際版画大賞を受賞した、世界的評価を確立した記念碑的作品である。文殊・普賢の両菩薩と十大弟子を主題とし、強烈な黒と白の対比によって12体を描いた屏風形式の大作であるが、戦災により文殊・普賢の版木が焼失し、1948年(昭和23年)に改刻されたため、本シリーズは結果として14柵の構成を持つに至っている。十大弟子とは、仏教経典において特に優れた資質を持つ十人の弟子を指し、智慧第一の舎利弗、神通第一の目連、多聞第一の阿難など、それぞれが明確な役割を担う。出品となる『富楼那』は説法第一とされ、布教における情熱と行動力を象徴する存在である。画面には激しい線のうねりとともに、外へ向かう力強いエネルギーが表出している。『優婆離』は持律第一、すなわち戒律を最も厳格に守った弟子であり、画面には静謐でありながら揺るぎない内面的強度が宿る。両者は対照的な性格を持ちながらも、いずれも棟方の精神性表現の幅広さを示す重要作である。普賢菩薩のオリジナル版は両手を寄せその右に並ぶ弟子を見守るポーズを取り、彫りの勢いと墨の滲みが強く、制作当時の緊張感と即興性を色濃く残す。改刻版では手は天地を指し顔は上を向き虚空を見つめている。線の整理と構成の明確化が図られており、棟方自身の再解釈が反映された完成度の高い一作である。この柵を制作した経緯について棟方は、1957年(昭和31年)刊『板画の道』で次のように語っている。 「その頃、上野博物館で興福寺の須菩提を見て、十大弟子をやろうと思いました。(それまでの版画は、板木に桂をつかっていて、彫りにくいが墨つきがよく棟方が好んだが)このときは丁度良いくらいの贅沢な木(朴 ほう)を見つけたので、材料を無駄にせずやろうと思いました。(中略)板木の天辺が頭の上で、下は足の下が足の裏になっています。横幅も衣、腕といった具合に一杯につかいました。 板木のもっている力を無駄にせず、むきでるような方法をたてようと思ってそうしたのです。」と。 次いでまたこれも伝説のように語られるが、「制作をするときは、(中略)ただ十人の釈迦の弟子の風体をした人間をつくったのです。…仏に近づきつつある人間の姿を描いただけで、下絵も描かず、版木にぶっつけに筆を下しました。…でき上ってから、屏風に十人ではまずいというので、大乗の弟子として二人、左の端に普賢、右の端に文殊を置きました。そうしてみると、十人の弟子が右と左に分かれて、いかにも釈迦の哲理に添うような、陽になり、蔭になっていて、自分で考え得ない仕事に上がりました。…この制作のときは、調子の良い日は一日に三面できました。獣みたいな力でした。…十大弟子は丁度一週間で出来上がりました。 早速、柳先生(柳宗悦)に見せると、手をたたき、私の肩をたたいて喜んで下さいました。わたしもぼうーとしてわからないくらいのうれしさでした。」と無心に制作しては想定外の仕上がりに驚嘆し放心した様子が伺える。棟方志功は、下図に頼ることなく、長年の修練によって体得した形と精神を制作の場において一気に噴出させることで、即興的な創作を実現した作家である。その中でも『釈迦十大弟子』は、とりわけ純度の高い表現として結実した特異な連作であり、ほぼ無心の境地から生み出された点において際立っている。内面からほとばしる衝動と板木の持つ力が直結したその表現は、他の作品群と比してもひときわ高い完成度を示し、まさに棟方芸術における即興的創造の頂点を成す代表作である。