| 技法 | 合成樹脂エナメル塗料、キャンバス |
| サイン | 裏面にサイン、タイトル、年代 |
| 額 | 額装 |
| サイズ | 130.6×97.0 cm |
| 制作年 | 2000 |
| 文献 | "Atsuko Tanaka Catalogue Raisonné", Galleria Col, 2015, pp. 504-505 芦屋市立美術博物館、静岡県立美術館編、『田中敦子 未知の美の探求 1954-2000』、田中敦子展実行委員会、2001年、p. 188、no. 310 |
「人の真似をするな」というスローガンのもと、メンバー各々が唯一無二の表現を模索した具体美術協会において、田中敦子の代名詞ともいえる作品が「電気服」(1956年)である。文字通り、電球や管球を組み合わせ、光が明滅する仕掛けを備えたこの作品は、翌1957年に大阪・産経会館で開催された「舞台を使用する具体美術展」において、田中自身が身にまとい、パフォーマンスとして披露された。ネオンライトに照らされた医薬品広告から着想を得たとされる「電気服」は、戦後日本における急速な工業化と都市化を反映するとともに、電気や光を用いた田中独自の表現世界を象徴している。
この「電気服」の構想を平面へと展開したのが、曲線と円が色彩豊かに絡み合う一連の絵画作品であり、これらは国際的にも高い評価を得ている。本作品『2000B』もそのひとつである。電気服を構成する電球と配線に呼応する円と線を組み合わせ、無数のヴァリエーションを生み出した田中は、こうした絵画表現を生涯にわたって追求した。「私は円を線でつないだ絵を、永い間描きつづけているが、スランプもあったが、いつも描くにあたって新しいものを描く様に考える」と語っているように、同じ造形要素を用いながらも、絶えず新たな表現を模索し続けた。
1957年頃から平面作品に用いられるようになったエナメル塗料は、田中が目指す表現に適した素材であった。油彩に比べて均質でかすれのない、流麗な線を描くことができ、さらに特有の光沢によって、電気的な輝きを想起させる表現を画面上に実現した。本作品において、線は単なる輪郭や円をつなぐ要素にとどまらず、それ自体が面としての強度を備えている。円に絡みつくというよりも、むしろそれらを支えるかのように確かな連なりを形成し、円と線が互いに拮抗することで、画面には流動的なエネルギーがみなぎっている。
1980年代には、ポンピドゥー・センター、デュッセルドルフ市立美術館、東京都美術館など、国内外で具体美術協会の大規模な展覧会が開催され、田中の活動も改めて注目を集めるようになった。過去の実験的な活動が再評価される一方で、田中は制作の手を休めることなく、毎年のように個展を開催して新作を発表し続けた。