| 技法 | ミクストメディア、麻布 |
| サイン | 右下に印 |
| 額 | 額装 |
| サイズ | 27.5×22.4 cm |
| 鑑定書 | 共シール |
今回ご紹介する一連の作品は、四季折々の自然が織りなす光や色彩、静謐な空気感を描き続けた日本画家・澁澤卿の作品を中心に、その大叔父にあたる画家・和田三造の作品を含むコレクションです。
本コレクションの始まりは、オーナーが鎌倉で一軒の古民家と出会い、その住まいを購入したことにあります。会社を退任し、これからの暮らしの場を求めて新築マンションを中心に住まいを探していた折、偶然目に留まったのが、長い歳月を重ねた趣のある一軒の古民家でした。その佇まいに惹かれ、購入を決めたオーナーでしたが、後になって、そこはかつて澁澤卿が自宅兼アトリエとして暮らし、制作を行っていた場所であったことを知ります。
思いがけない巡り合わせに心を動かされたオーナーは、澁澤卿の作品を求めるようになり、作家が実際に暮らし、制作した場所との縁を起点として、本コレクションは形づくられました。
収蔵作品は、1980年代から2010年頃までに制作されたものを中心に、春の芽吹きから秋の深まり、雨や霞に包まれた風景まで、四季折々の多彩な情景を一堂に集めたものです。
作家ゆかりの場所との偶然の出会いから始まった、ひとつのコレクション。その背景にある物語とともに、澁澤卿が描いた自然の美しさと移ろいを、ぜひご堪能ください。
**澁澤卿(1949–2012)**
日本の四季折々の風景を、繊細かつ緻密な筆致によって描き続けた日本画家、澁澤卿。
東京藝術大学工芸科デザイン専攻を卒業後、日本橋高島屋宣伝部でデザイナーとして勤務する一方、画家としての制作を続け、1977年には出家得度して日蓮宗の僧侶となるという、異色の経歴を持つ作家である。デザインと絵画、そして宗教という異なる領域での経験は、その後の澁澤の作品世界を形成する重要な要素となっていった。
澁澤の芸術的な出発点を語るうえで欠かすことのできない人物が、大伯父である和田三造である。和田は近代日本洋画を代表する画家の一人であると同時に、東京藝術大学の図案科教授として「デザイン」と「色彩」の重要性を日本の芸術界に広めた人物でもあった。1940年に開催予定だった幻の東京オリンピックの公式ポスターのデザインを手掛けたほか、1953年の大映映画『地獄門』では色彩・衣裳デザインを担当し、1954年の第27回アカデミー賞で日本人初となる衣裳デザイン賞を受賞。同年の第7回カンヌ国際映画祭では、同作がパルム・ドール(グランプリ)を受賞している。また、日本の色彩標準化を目指して「日本標準色協会」(現・日本色彩研究所)を創立し、日本初の総合標準色票「色の標準」を完成させるなど、日本のデザイン界におけるカラーシステムの基盤を築いた総合デザイナーの先駆者でもあった。
その和田の勧めによって、澁澤は東京藝術大学でデザインを学ぶこととなる。大学ではデザイン科の大藪雅孝の教室に入り、有元利夫、宮廻正明、逢坂卓郎らとともに学びながら、造形や構成の基礎を身につけた。大藪はデザイン科の主任教授として長年にわたり後進の育成に携わる一方、画家としても制作を続け、油彩やアクリル絵具、岩絵具など多様な素材を組み合わせるミクストメディア(混合技法)の先駆者として知られる。既存の素材やジャンルにとらわれず、素材そのものの可能性を追究する大藪の制作姿勢は、後の澁澤における自由な技法の探究にも大きな影響を与えたと考えられる。
大学卒業後は日本橋高島屋宣伝部にデザイナーとして勤務する一方、画家としての制作も続け、1974年には銀座画廊で初の個展を開催した。当時は人物を主題としたやや抽象的な作品を発表していたが、1977年に出家得度して日蓮宗の僧侶となると、制作を中断して修行に専念することとなる。1981年頃から再び制作活動に取り組み、宗教との結びつきを意識するなかで、次第に花や風景などを描く具象的な表現へと展開していった。その後、山水や寺院、古刹など、日本の自然や文化、信仰と結びついた風景を主要な題材としていくことになる。
その後の澁澤は、日本画壇の主要団体に所属するという当時の一般的な道を選ばず、無所属の作家として個展や国内外の展覧会を通じて独自の世界観を発表していく。特定の画壇や様式にとらわれない自由な制作姿勢は、独特の色彩感覚や画面構成、そして宗教的な精神性を帯びた風景表現へとつながっていった。
澁澤作品の大きな特徴の一つが、伝統的な日本画とは異なる独自のマチエール(質感)である。一般的な日本画が岩絵具と膠を基本とするのに対し、澁澤はキャンバスを支持体とし、アクリル絵具、岩絵具、墨などを組み合わせる独自の技法を用いた。2012年1月号の『月刊美術』に掲載された美術史家・本江邦夫との対談では、支持体について「キャンバス」、絵具について「アクリルと岩絵具」、さらに「墨」を用いることを明かし、墨によって空間表現を行っていると語っている。また、胡粉で画面を覆った後に墨を施し、それを洗い流すことで絵具の層を反転させ、奥行きのある表現を生み出す技法についても述べている。
こうした素材への自由なアプローチによって生み出される墨の表現は、色彩を単に美しいものとして見せるだけではなく、画面に深みと奥行きを与え、静謐で豊かな趣をもたらしている。樹木や水面、岩肌、建築物など、それぞれの質感を丹念に描き分けながら、重厚感と透明感を同時に感じさせる独自の画面を形成しているのである。
そして、澁澤作品の最大の魅力ともいえるのが、画面の隅々まで描き込む細密な描写である。澁澤は風景画における自身の表現について、「何も省かずにメインとなるものに自然と目が行くように絵を作り上げている」と語り、また「安易に省略せずに、構図を工夫することによって、見る側を引き寄せる」と述べている。
実際の作品を見ると、樹木の一本一本、岩肌や水面の表情、建築物の細部に至るまで克明に描き込まれているにもかかわらず、単に情報を詰め込むのではなく、視線が自然と主題へと導かれる巧みな構成によって成立している。デザインを学び、実際にデザイナーとして活動した経験によって培われた構成力が、細密な描写を一つの画面として統合しているのである。徹底した描写と緻密な構図によって、写真とは異なる、絵画ならではの奥行きと臨場感を生み出している。
また、僧侶としての修行を経験したことも、澁澤の作品世界を理解するうえで重要な要素である。荘厳な寺院や古刹を包む春夏秋冬の自然、静かな山水、雨や霧に霞む景色など、澁澤が描く風景には、華やかさだけではない深い静寂と精神性が漂う。そこに描かれる自然は単なる景観ではなく、長い時間の中で育まれてきた日本の文化や信仰と結びつき、見る者に祈りや心の安らぎを感じさせる空間として描かれているのである。
寺院や公共空間の大作にも取り組み、その代表的な仕事の一つとして増上寺会館大広間の天井画が挙げられる。さらに国内にとどまらず、上海美術館での個展をはじめ、スイス、スペイン、ロシアなど海外での美術展やアートフェアにも積極的に参加し、その作品世界を国際的に発表していった。
デザインによって培われた構成力、師・大藪雅孝から受け継いだ素材への探究心、そして僧侶としての修行を通して深められた精神性。これらが融合することで、澁澤卿は既存の日本画の枠組みにとらわれることなく、独自の技法と細密な描写によって、日本の自然と文化の美を描き出した。四季の移ろいを克明に捉えながら、その奥にある静けさや精神性までも画面に宿すその作品は、まさに澁澤卿独自の風景表現といえるだろう。


























