| サイン | 背面に印銘 |
| サイズ | h21.2×w14.1×d12.8 cm |
| 鑑定書 | 識箱 貼札「黒川博士先生恵存 陳璧君敬贈」 |
本作徳化窯白磁観音坐像は、単なる芸術的価値を体現するだけでなく、特異な歴史的背景と文化的意味合いを含んでいる。
この作品は、汪兆銘のご夫人陳碧君氏が、日本医学会会長、医学博士の黒川利雄(1897-1988)氏に、汪兆銘が危篤に陥った際に黒川博士が彼を救ったことに対する感謝として贈られたと伝わる。白磁観音坐像の収納箱の外題には「黒川博士先生恵存 陳璧君敬贈」の貼札が付いており、また、ロット179の徳化窯手桶も箱書などは付属しないものの、黒川博士の旧蔵品であったと伝わる。この観音像は、特定の歴史的時期における日中両国の文化的な象徴といえ、歴史的価値と象徴的意義を備えている。
汪兆銘(光緒9・1883年~民国33・1944年)は中華民国の政治家。字は季新、号は精衛、中華圏では「汪精衛」と呼ばれる。1940年3月に南京に日本の傀儡政権を樹立したため、日中の歴史において複雑で論争の的となる中華民国の政治家となった。彼の政治的経歴は物議を醸したが、このコレクションは黒川博士の個人の旧蔵品として、日中文化交流の複雑な側面や独特な視点を有している